2008年10月10日

一昨日、昨日と新聞やテレビを賑わした今年のノーベル賞に、まず私の大学の同じ理学部出身の2人が物理学賞を、そして次の日は、歳は離れているといえども同じ化学科の大先輩である下村修さんが化学で受賞されました。新聞によると、彼がもっとも世話になり、感謝している人は平田義正先生だそうです。忘れもしない、私も○○年前、平田先生の大きな目に睨まれながらも学部に入ったばかりの頃は、学者を目指して一応は(笑)勉強をしていました。名古屋大学理学部の化学科です。まだ先生の授業の様子や当時のテレビに出られた画面が頭に浮かんできます。その同じ先生に指導を受けられた下村氏が、すごい研究をされ、皆のあこがれる賞を受賞されたなんて!それに比べ私は何をやっているんだろう(笑・泣)。7年前も私が学部でお世話になった野依良治先生が科学賞を受賞されました。物理学賞の、小林誠さんや益川俊英さんにいたっては、ひょっとしたら理学部の食堂で隣に座ったことがあったかも(笑)。

こういったことは、私には直接関係のない話なのですが、何故か音楽に転進した私にまで、何人もの人がオメデトウって言ってくれました。名大ってすごいね!って。私も音楽の道に来てしまっていまさらと思いつつも、何か嬉しい、誇らしげな気持ちになったことは事実で、不思議なものです。 でも、そのまま化学の研究を続けていたら・・・・?、なんてことは考える訳もなく、そこを捨て、音楽の道に来てしまったことが良かったのかなんてことも、今さら考えません(笑)。 これでも今から20年ぐらい前までは、時々音楽以外の道に再転進?なんてことを半分冗談で考えたこともあったのですが。

しかし、ノーベル賞を受賞された方のお話しを聴いているといつも驚かされるのですが、多くの方が、偶然とか、失敗してしまったらたまたまそこに・・・、それを研究するつもりで実験したのではなかったのだが・・・、といった種類のことを話されています。 今年もそうでした。 普通の人だったら失敗したと諦めるところを、ノーベル賞までつなげてしまうのですから、それはもちろんすごいことなんですが、そこについてくる運もすごいものがあるっていつも思っています。 今日の偉い先生方のコメントは、・・・・だから、自分の研究に行き詰まり、絶望的に感じられても最後まで諦めるな・・・・でした。 しかし最後までしがみついても、そのまま何もならずにどちらかというと可哀想な人生になってしまう人のほうが圧倒的に多いのですし、人間引き際が肝心なんて、プロスポーツや総理大臣だけでもないでしょうし、ウ〜ン難しいな!!

ということで、現在のわが身を振り返ってみた訳ですが、理学部のそうそうたる諸先輩と比較して・・・・・? みな研究成果を出してから何十年もたってからの受賞なんだから、私も何十年先には・・・何が?何の研究で?・・・と考えてみてももちろん何も出てきません。

ノーベル賞は、それまで世界で誰一人として成果を出していなかった研究で、しかも世界にものすごく有意義な分野で研究成果を上げた人に贈られる・・・、と考えた時、その百分の一か千分の一ぐらいの価値のものでも、まだ世界でほとんど知られていない、やられていない大切な何かがあれば、それを私の手によって何とか・・・・。

前置きが長くなってしまいましたが、私が今そういったことにも関連し、急いでいる仕事は、前にも書きました、本の出版です。 現在のクラシック音楽界でまだあまり知られていない(普及していない)、あるいは全く誰も知らなかったとても大事なこと、それを知ったら、エッ嘘! ホント!ってなってしまうオーケストラ演奏上の様々なびっくりする、嘘の様な真実の暴露本です。 いえ、そんなえげつないものではありません。でも超一流の人たちまでも知らないまま今でも誤った演奏を平然とやっている、そういった点を多岐の方面にまで亘って書いた本で、世界とまで言わないまでも、せめて日本のオーケストラ演奏がまっとうになることを願って出版し、その内容を指揮者として、演奏で実践し、ファンや関係者に早く理解してもらい・・・・・。

私は団塊の世代ですからもういい歳です。 今からのおこないでノーベル賞に値する、的なことまでは出来る由もないのですが、でも私は、さっき触れました‘絶対に諦めてはだめだ!’という偉い研究者の言葉に従って、周りの方々の協力も得ながら死ぬまで突き進んでいけば、何十年か後には、私が訴えている内容がオーケストラ界の常識となって普及している、当たり前なこととして話題にも上がらなくなっている、そんな日が来るって青いことを思っています。 そういう日が来た時には、ノーベル賞をもらったような気分で草葉の陰からほくそ笑んでいるでしょう(笑)。

2008年09月16日

また前回の投稿から1ヶ月近く経ってしまいました。筆不精は、ブログになってもやはり同じですね。どうもおっくうになって・・・。

先週は日曜日から東京合唱協会の【文化庁本物の舞台芸術体験事業】で、大分県に行っていました。2月にこのブログで感激の体験談を載せましたが、今回も同様な良い体験をして週末に帰ってきました。

そして土日は仙台(厳密には宮城県名取市)で行われたNHK学校音楽コンクール(合唱)東北大会の審査員をやってきました。ここ十年近くほとんど毎年行っていますので、慣れたもので、かえって毎年のように替わるNHKの担当者よりある面詳しかったりして・・・。

私は毎年仙台だけではなく、夏休みに行われる各県の県大会の審査も何県かやっています。この審査は、結構大変で、約十分毎に課題曲と自由曲を歌い終わって学校が交代していくのですが、その間にじっくり演奏を聴く間も無く、各学校に提出する演奏のコメント書きに専念し(漢字の間違いがないか電子辞書までも持参で)、四苦八苦しているうちにもう次の学校の演奏が始まってしまっているといった、大変ハードの仕事です。

でも夏休み返上で練習して来た生徒さん(先生も)からすると、そのコメントの一言一句がものすごいインパクトあるものになってしまうことは良く分かっているので、内容も内容ですけど、自分のコメントを読んだ関係者がそれによって、音楽的にも精神的にもプラスに働くような言葉遣いにしなければなりません。でもそれぞれの演奏の点もその都度つけていかなくてはならないし。

その大変さと比べると、Nihon Hakusya Kyoukai の薄謝なんて全くないに等しいのですが、それでも毎年引き受けてしまう。大変なのに。やっぱり本質的に好きなんですね。

じつは、私が現在あるそのルーツは、このNHKの合唱コンクールなんです。中学校の3年の時、当時転任してこられた音楽の先生に引っ張られて、生まれて初めて合唱をやったのがきっかけでした。部長的な立場に祭り上げられ、名古屋市と愛知県で一位になり、東海北陸大会で3位になったのが病み付きとなって、やめようやめようと思いつつも、高校、大学と合唱三昧の日々を送ってしまいました。これが現在やくざな世界に身をおいてしまっている大きな理由、いや唯一の理由なのです。

それやこれやで毎年審査員をやっているわけです。毎年悩むことなのですが、ほとんどのコンクールが各校の差のない審査員泣かせになっているのです。特に今回の高校の部は、過去の輝かしい実績のある5校が素晴らしいレヴェルで、点差のつけようがなくまさに同点で、それでも全国大会に出場する一校を選ばなくてはならないという、解決策のない状況が出現、それこそ事実上阿弥陀くじみたいな感じ(形式上はルールにしたがってという形ではありますが)で、金賞を一校決めました。でも他の4校も実力に差がないということで、審査員一致の下、本来2校のはずの銀賞を4校に増やしてもらいました。

それでもたまたま全国大会に行けた学校とそうでなかった学校の違いはとても大きく、その結果によって今後の各クラブ内での・・・、あるいはOB会との・・・、指導の先生の・・・、いやそれ以上に大きなことは、その結果によって部員の中で、将来音楽の道に進むきっかけになる人、あるいは逆に断念する人きっかけになる人等々の重大な別れ道になってしまうことです。

自分がそうであったように、その生徒さんのせいではないところで(吉か凶かは何十年先にしか分からないことではありますが)、この成績がその生徒さんの将来の進路へ関与してしまうケースが結構多いだろうと思う時、不可抗力とはいえども、自分たち審査員の出した結論の色々な意味での重要性がいつまでも頭の中から離れないのです。

2008年08月21日

ずいぶん久しぶりのブログです。

こんどは来年1月11日(日)に「北とぴあ」で毎年一回行われています東京ニューシティ管弦楽団の定期演奏会(第59回)のチラシの裏に書きますコメントの原文です。

「いつもなにかがあたらしい」のキャッチフレーズに対応する新しさは、今回はウィンナワルツをいつものピリオド奏法でやります、と言うお知らせになっています。

そこにも書きましたように、ヨハン・シュトラウス自身は独特のリズム変化など全く関係なく、普通にドンチャッチャって3拍子を演奏していました。

この件に関しては、今秋発売予定の私の初めての出版物(毎日新聞出版部発行)で、触れています。この出版は、昨年から準備していた(このブログでも2月にその原稿の目次例を載せています・今回は出版社のほうで多少変更する予定です)、現在の世界のオーケストラ界で常識となってしまっている数々の誤りを正していく内容になっています。

 明日は、同じ私の現行の中からベートーヴェンや、それに絡むピリオド奏法等の部分のみを取り出して新書版として出版予定(光文社)の内容確認のため、打ち合わせ(編集補足してくださる中野雄氏と)が予定されています。

ウィンナワルツの正しい演奏法は?

ヨハン・シュトラウス自身はウィンナワルツをどうやって演奏していたのでしょう。

今でこそ、名門ウィーンフィルを中心にウィンナワルツのリズムには独特の捻り?、すなわち3拍子の1拍目と2拍目の間隔が詰まり(短くなり)、その分2拍目と3拍目の間隔が空く(長くなる)演奏法が伝統となり、独特な雰囲気を醸し出しています。そこにウィーンフィルの甘いヴィブラートが加わると…。しかしそういった習慣はシュトラウス没後半世紀近く経った頃からのもので、シュトラウス自身は通常のワルツ同様均等な3拍子で、出演料の多少等によって大小さまざまなバンドを組んで(その場に応じてさまざまな楽器編成に編曲して)演奏していました。東京ニューシティ管弦楽団は今まで出来る限り作曲当時の演奏スタイルを再現するよう心がけてきましたが、それはあくまでその方が良い音楽になるという大前提があったからでした。今回は、そのうち、当時の奏法 (ピリオド奏法) であるヴィブラートをかけずに当時の独特の弓使いを採用して演奏します。ただ現在流行中のワルツのリズムの捻りは、彼の没後生まれてきものとは言え、とても素晴らしい慣習であるとの認識の下、より鮮明にその特色を出してみたく思っています。はたしてどんなウィンナワルツになるでしょうか、お楽しみに。今回は若き天才フルーティスト小山裕幾氏も、自身初めてモーツァルト時代の奏法に挑戦します。