また前回の投稿から1ヶ月近く経ってしまいました。筆不精は、ブログになってもやはり同じですね。どうもおっくうになって・・・。
先週は日曜日から東京合唱協会の【文化庁本物の舞台芸術体験事業】で、大分県に行っていました。2月にこのブログで感激の体験談を載せましたが、今回も同様な良い体験をして週末に帰ってきました。
そして土日は仙台(厳密には宮城県名取市)で行われたNHK学校音楽コンクール(合唱)東北大会の審査員をやってきました。ここ十年近くほとんど毎年行っていますので、慣れたもので、かえって毎年のように替わるNHKの担当者よりある面詳しかったりして・・・。
私は毎年仙台だけではなく、夏休みに行われる各県の県大会の審査も何県かやっています。この審査は、結構大変で、約十分毎に課題曲と自由曲を歌い終わって学校が交代していくのですが、その間にじっくり演奏を聴く間も無く、各学校に提出する演奏のコメント書きに専念し(漢字の間違いがないか電子辞書までも持参で)、四苦八苦しているうちにもう次の学校の演奏が始まってしまっているといった、大変ハードの仕事です。
でも夏休み返上で練習して来た生徒さん(先生も)からすると、そのコメントの一言一句がものすごいインパクトあるものになってしまうことは良く分かっているので、内容も内容ですけど、自分のコメントを読んだ関係者がそれによって、音楽的にも精神的にもプラスに働くような言葉遣いにしなければなりません。でもそれぞれの演奏の点もその都度つけていかなくてはならないし。
その大変さと比べると、Nihon Hakusya Kyoukai の薄謝なんて全くないに等しいのですが、それでも毎年引き受けてしまう。大変なのに。やっぱり本質的に好きなんですね。
じつは、私が現在あるそのルーツは、このNHKの合唱コンクールなんです。中学校の3年の時、当時転任してこられた音楽の先生に引っ張られて、生まれて初めて合唱をやったのがきっかけでした。部長的な立場に祭り上げられ、名古屋市と愛知県で一位になり、東海北陸大会で3位になったのが病み付きとなって、やめようやめようと思いつつも、高校、大学と合唱三昧の日々を送ってしまいました。これが現在やくざな世界に身をおいてしまっている大きな理由、いや唯一の理由なのです。
それやこれやで毎年審査員をやっているわけです。毎年悩むことなのですが、ほとんどのコンクールが各校の差のない審査員泣かせになっているのです。特に今回の高校の部は、過去の輝かしい実績のある5校が素晴らしいレヴェルで、点差のつけようがなくまさに同点で、それでも全国大会に出場する一校を選ばなくてはならないという、解決策のない状況が出現、それこそ事実上阿弥陀くじみたいな感じ(形式上はルールにしたがってという形ではありますが)で、金賞を一校決めました。でも他の4校も実力に差がないということで、審査員一致の下、本来2校のはずの銀賞を4校に増やしてもらいました。
それでもたまたま全国大会に行けた学校とそうでなかった学校の違いはとても大きく、その結果によって今後の各クラブ内での・・・、あるいはOB会との・・・、指導の先生の・・・、いやそれ以上に大きなことは、その結果によって部員の中で、将来音楽の道に進むきっかけになる人、あるいは逆に断念する人きっかけになる人等々の重大な別れ道になってしまうことです。
自分がそうであったように、その生徒さんのせいではないところで(吉か凶かは何十年先にしか分からないことではありますが)、この成績がその生徒さんの将来の進路へ関与してしまうケースが結構多いだろうと思う時、不可抗力とはいえども、自分たち審査員の出した結論の色々な意味での重要性がいつまでも頭の中から離れないのです。




恐れ入りますが過密スケジュールにて、メールでのやり取りでお願いいたします。石橋 mie-pianist0202@docomo.ne.jp
コメント by 石橋美恵子 — 2008/10/1 水曜日 @ 13:15:28